認知症のマルチステークホルダーアプローチ DFJI代表 岡田誠 論文より

認知症フレンドリーコミュニティ”というのが学生時代からの関心点で、今も推進員としてそこに取り組んでいるわけだが、「マルチステークホルダーアプローチ」というのは必ずカギになる。これを地域密着型でどう実践するかが、いまだ見通しのつかない難しい課題。

 

認知症の人はいきなり介護が必要なわけではない。早期発見が可能になったから、診断されても普通に生活が続く。普通の生活は医療介護に支えられるわけではない。銀行に行き、買い物に行き、電車に乗り、外食をする。スポーツをして、仕事をして、映画を観に行ったりする。民間の市場サービスを使って暮らしているわけだから、そのサービスが認知症になっても使いやすければ、生活の継続性は高まる。それが大事だろう、ということ。

 

元々の僕のアイデアでは、企業が認知症ユーザーフレンドリーなサービス開発・商品開発をするときに、認知症の人にユーザーテストが必要になるから、認知症の当事者がそこに参加し、意見を表明する。認知症の人が市場からパートナーとして扱われる。認知症であること、認知症という経験が価値を持つ場を増やすことを重視している。

 

福祉分野から、民間企業との協働を含むマルチステークホルダーアプローチを地域に作ろうとすると、異業種とのネットワークをどう作るかが壁になる。他方で当事者のエンパワメントが必要になるが、そこは専門職として取り組みやすい。

福祉サイドから民間企業へのアプローチとしては、意識の転換(認知症は医療介護の問題というより社会全体のデザインの問題)を働きかけ、取り組む意欲のある企業を発見して、当事者の参加を確保して、進めていくという形か。年単位でかかりそうなプロジェクトを、こんなに曖昧な状態で進めるのは難しい。どうしよう。というわけで文献チェック。

 

岡田誠 et al.「社会的課題におけるマルチステークホルダーによる共創プロセス:認知症プロジェクトを例として」DOI:https://doi.org/10.24464/serviceology.5.3_28

 

ジャンル的には工学系になるらしい。DFJIでの「旅のことばプロジェクト」、「認知症フレンドリージャパンサミット」、「RUN伴」等々のプロジェクトを、その創発プロセスを説明できるモデルを提案している感じ。

応用できそうなポイントは、「バウンダリー・オブジェクト」という概念、「キャズム内ネットワーク活用」、「ADRプロセスの連鎖」の部分。

 

普段別の動きをしている異業種が関心を持つようなテーマを、バウンダリーオブジェクトとして置き、そのもとにネットワークを作っていく。ネットワークを作るときの焦点としては、イノベーター・アーリーアダプターの人たちを、各業種、当事者の中から発見し結びつけていく(キャズム内ネットワーク)。キャズム内ネットワークの深化(視点が育まれる)は、Action→Development→Relation(ADR)サイクルを回す中で実現する。僕の理解では、ミニ企画をやってみて、その企画運営プロセスでメンバー間の関係性が深まる、別プロジェクトのメンバーと交流してネットワークが広がる、商品開発等につながる視点が精緻化されていく。

 

地域包括支援センターの立場でマルチステークホルダーアプローチをやろうとしたら、

①適切なバウンダリーオブジェクトを設定する

②当事者セクション、医療福祉セクション、民間・市場セクションからキャズム内の人を発掘する

バウンダリーオブジェクトをもとに一つ目のADR(ミニ企画)をキャズム内ネットワークメンバーと協働でやってみる

④同様に二つ目のADRも回してみる

⑤各ADRから生まれたそれぞれの関係性同士をつなげる

⑥そこから副次的に新しいサービス、商品が生まれる(かも)

という流れ、となるだろう。

マルチステークホルダーで生み出すものは、必ずしも収益ベースの商品でなくてもよいと考えているので、ちょっとした工夫、サービス改善、デザイン修正などでよいとすれば、日常生活圏域でもやれなくはないんじゃないか。

 

つい最近、芸術家との協働というところで、アートマネジメント事業をしている団体と、アートプロジェクトへの認知症の人の参加を進める話ができ、推進員として近隣のグループホームと連携して実行する予定。余白たっぷりなアートプロジェクトで、認知症の人が自己表現する、やりたいことを叶える、という部分が、バウンダリーオブジェクトとしてかなり良いかもしれない。

アートプロジェクトでの芸術家やグループホームとの協働から、バウンダリーオブジェクトへの変換、そこから②、③へと、というすごく漠然としたビジョンは出てきた。

 

偏見を低減する認知症教育

先日知人と話していて、彼は認知症をほとんど知らなかったときに認知症サポーター養成講座の見学をして、DVDを見たときに「認知症って大変なんだな」と思ったと言い、これは偏見の解消に役立たないんじゃないかと言った。

まさにそうだと思う。その件について。

 

DVDというのは、良い対応・悪い対応を説明した動画で、ゴミ出しを間違える、道を間違えるなどの3場面が入ったあの動画のことである。あの動画が「分かりやすくていい」という人はいると思うが、「偏見の解消にあの内容が適切だ」という人がいるなら教えてくれ、と思う。

 

「障がい」を伝えるときに重要なのは、「障がいのあるAさん」ではなく「Aさんは障がいを持っている」(Disabled PeopleではなくPeaple with disabilityというやつ)という考え方だと思う。人ではなく障がいを先に見るときに、個性や能力が無視され、差別、排除が生じていく、という認識が前提にあるはずだ。

 

あの動画には「Aさん」がどこにもいない。「認知症の人」がいて、認知症の人に冷たい対応をする人と、優しい対応をする人が映されているだけだ。あの動画に限らず、認サポ全体として、「Aさん」を重視した視点が全くないのではないか。

今の認サポはこういう人を生み出すには役立っているだろう。

認知症かどうかを見分けられる人」

「かわいそうな認知症の人に優しく接することができる人」

こういう人が増えていくと、一見優しい社会のように見えて、実は認知症の人を抑圧する社会ができるのではないかと思う。最近は、もはやスティグマを強化してさえいるのではないかと考えている。

 

ひとつの試みとして、3年前に中学生向けの認サポをやった時に、「Aさん」を全面に出した脚本を作ってみた。もともと、認知症の人が友人との交流機会が減ったり、外出頻度が減少するということに問題意識を持っていたので、あえて友人との交流場面を取り上げている。骨子は僕が個人的に作ったものなので、議論のたたき台として公開します。

 

やり方はいろいろあって、当事者と一緒に講座を行う、「本人座談会」の動画を使って当事者の語りを聞いてもらう、当事者が書いた著書を引用する、等々

オルタナティブの構築と、今の認サポへの批判を行うことは、やらないといけないなと思います。

 

 

 

 

 

 

文献チェック 春名苗(2021)「ケアマネジャーの虐待発見と通報の実際」

リンク:花園大学学術リポジトリ

Permalink : http://id.nii.ac.jp/1175/00001229/

 

京都市内全居宅へアンケート調査

回収率57.9%回答数254 うち有効数222(有効回答率50.5%)

事業所の代表1名に回答依頼

 

要点

Q:「虐待ケースを市か地域包括支援センターに通報するタイミングはいつですか」

66.7%が「虐待を疑うようなことがあれば通報する」

33.3%が「虐待と確信できれば通報する」

(「通報しない」は0%)

 

自由記述抜粋

「相談しても具体的なサポートはない。傾聴で終わる。虐待と決定されるような深刻な状態とならないと誰も動いてくれず、ケアマネジャーが悩みを抱えることになるか、さらに重責に苛まれる」

「通報義務があるため通報しますが、その後の対応で通報してよかったと思えることは稀です。緊急性がないと判断されたとき、介護サービスをもっと使うように助言されることが多々ありますが、サービスが導入できていれば行っており、まったくもって役に立つ助言ではありません

 

☆佐伯所感

有効回答率50.5%で、事業所の代表1名のみ回答、となると相対的に虐待への意識高めな人たちに偏っていると思われる。「虐待疑いレベルで通報する」人が66.7%というのは、全員から回答を取ったらもう少し下がると思う。

虐待と確信できるまで通報しない人が33.3%ということで、通報率向上を考えるならここが焦点化する層になる。前者のグループを「疑い通報層」として後者のグループを「確信通報層」とすると、「疑い通報層」は、通報時に虐待かどうかの判断は不要で疑いレベルで通報努力義務がある、ということを知識レベルで知っている人が多いはず。ただ、自由記述で出てきたように、通報してガッカリ体験を繰り返して、「確信通報層」に移行した人もいるんじゃないかなと。

 

個人的にはこの「通報してガッカリ体験」を重視していて、その原因が何かといえば、包括職員の予防的介入意識の低さ、アセスメント力の低さ、になると考える。

それは一旦さておき、「確信通報層」と「通報してガッカリ体験」の関連を知りたい。伊藤薫(2007)「在宅高齢者虐待通報に関する要因の研究」で通報群と非通報群を分けてクロス集計をしていて、その結果は臨床的にもとても参考になるのだが、ガッカリ体験には触れていない。そこの関連性の調査は今後の課題なんだろう。

 

全体として一番インパクト大きいのは、上の自由記述の二つ。「ホントそれな」という感じ。通報してガッカリ体験などを含めた、「包括との相互作用因子」に着目した研究が必要だろう。